12/15(日) 20:26 スポニチアネックス
https://news.yahoo.co.jp/articles/3e821018512d3228126862cf6bd9b303b50d9f40
30年前に行われた「The Circle Tour Final 日本武道館ライブ 1994.4.24」の熱狂について語った佐野元春(左)と音楽評論家の萩原健太氏(撮影・沼田学)
https://newsatcl-pctr.c.yimg.jp/t/amd-img/20241215-00000361-spnannex-000-9-view.jpg
シンガー・ソングライターの佐野元春(68)が15日、都内でライブ映像作品「The Circle Tour Final 日本武道館ライブ 1994.4.24」のプレミア上映会に登場した。
同作は1980年の結成から14年にわたり活動してきた「佐野元春 with ザ・ハートランド」の最後のステージとなった武道館公演を全編映像化したもの。当時について「小さなライブハウスから始まっていろんなホールを経て、武道館までたどりついた。ひとつの結論として武道館にたどりついたことで胸が熱くなった」と回想。
今回は2日間行われた武道館公演の2日目を収録。初日で全力を出しすぎたという佐野は「2日目の朝に起きて、カーテンを開けて声出しをしたら声がでなかった。“あ、まずい”と思い、そこから一切しゃべらずに、リハーサルで少しだけ声を出して。“本番には戻ってくれ”と願いながらステージ立った。本番始まったら声がでてきて、“あ。よかった”と思いました」と舞台裏を明かした。
ライブから30年を超えての映像化。この出来事に「当時の模様を還元できる僕は幸せもの」と笑顔をみせた。同ライブは、93年発売のアルバム「ザ・サークル」を引っさげたツアーの一環として行われた。
(※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)
コーヒーミルから湯気が出ます
いや、それ電気系統の異常ですから
それ以降は苦虫をかみつぶしたような声になって聴くに堪えない
言葉はもう何もいらない
ただ見送るだけ
結果沢田研二はアルバムの中の一曲に、かたや吉川晃司はシングルで発表しかなりヒットした
その半年後位に沢田研二は事務所を辞めてる
やっぱパクリばっかでキツイからか…
Someday
アンジェリーナ
Rock & roll night
あとなんだっけ…complication shakedanceとか
Sugar timeもだったかな、恥ずかしいくらいのパクリで泣いた
これ豆な
あの頃の佐野元春のパクリ元はほぼブルーススプリングスティーン。
その後はパティスミスやスタイルカウンシル。
心の国と直訳すとか中学生かよw
リムランド(沿岸部)に対して
ハートランド(中心部)の意味合いだよ
あちらではアメリカーナ内のハートランドロックというジャンル名で呼ばれるようになったな
佐野がバンドを命名した1980年時点ではそうは呼ばれてなかったろう
エルビスコステロやニックロウにビリージョエルやビートルズその他色々混ぜてるよ
ブルスプだけだと佐野にはならないて
プロミストランドの言い換えもあるんだろう
この武道館の時期はNHKに7日間拉致されて一歩も外に出られなくて
達郎のサンプラザの最前列と清志郎の23sのファイナルの券を
ムダにさせられたんだけど、この武道館は覚えてないんだよな
前年9月の伝説的な奇跡の起きた横浜スタジアムは憶えてるんだけど
スプリングスティーンの存在感に憧れたのが長渕
>プロミストランドの言い換えもあるんだろう
それは無い
スプリングスティーンの「ストリートオブフィラデルフィア(1993)」は
テーマは違うが雰囲気とサウンドが似てるんだよ
これに関しては佐野の方が先なんだよね
さすがに紅白特有の寸劇には参加してなくて笑った
寂寥感のある「情けない週末」とか好きだなー
2年前ね
当時のユーミンブランドなんかのホワイトカラーに憧れエンジョイ層とはまた一線を画すかの如く、
感情的にはブルーカラー寄りでいながらもフォーク的なセンチな情緒には深く掘り下げないという新ポップ文化提案型の
当時の中産階級の若者にはすこぶるフィットした都市型のアレだよな
スタイルアイテムとしては、レノン、ボス、ジョージャク、コステロ、ポルウェラ、ナイアガラ、その他もろもろだな
12・18に全国の映画館でこれの上映があるんだけど
¥4400
に怯んで諦めたワww
映画にしては高くね?
3Dで座席がギッタンバッコン動いたりするの?
音楽物はなぜか高いけど出して2500円までにして欲しいな
これもよく考えたら当時のNYで流行ってたものをパクってきてたんだな
でもなんだかんだ言っていまだに好きだわ
俺はどっちかっていうと佐野元春の方が日本向けに味付けされてて好きだな
スプリングスティーンのはすぐ客に歌わせて、長渕剛っぽくて泥臭くて苦手w
うざい自分語り
そりゃ日本人が日本市場でやってんだからそうだろ
けどパクリには違いない
サウンドや作品では洋楽レベルを築いてたのは佐野以前にいたんだよ
矢野顕子にしろ山下達郎にしろ海外録音とか輸入も込みでさ
佐野元春の場合は何が新しかったかという点は
日本語のリズムの取り方や乗せ方=譜割の新しさだな
日本語はアイウエオの母音に支配されてて
それまでの人は1音譜に1母音っていうのが割と常でさ
それを早まわし的に表現したのがサザン桑田の勝手にシンドバットや気分次第で責めないでとか
続いて佐野元春の場合は、1音譜に英語譜面みたく言葉の一節まるごと入れるとか、
つまりは1音譜に複数の母音が入ってしまうという乱暴な手法
よって発音は母音をややアクセントでもって崩すという方法で
ロックサウンドに日本語を乗せたんだな
だから初期は聞き取りにくいとか英語っぽいとかよく言われてたわけなんだけど
大滝詠一がそのソロ初期で実験的にトライしてた手法ではあるんだけどね
でもまあ佐野元春が広めたその日本語乗せの手法も
特にNYから帰国後のカフェボヘミア以降はさっぱりと捨てた感があったね
元々広告会社にいたっていうから
それっぽい単語を並べてオシャレに感じさせる手法が上手いと思う
例えば、アンジェリーナの
おお、アンジュリーナ、君はバレリーナ、ニューヨークから流れてきた、寂し気なエンジェル
これの、アンジェリーナ、バレリーナ、ニューヨーク、エンジェルって部分
これを日本語にしたら
おお、サチコ、君は踊り子、五反田から流れてきた、寂し気な天使
ってなってカッコよくない、あのカタカナこそが彼のセンスだなって
そのカタカナやサビ英語を比較的排除して制作したのがナポレオンフィッシュと泳ぐ日という屈指の名盤
ヤングブラッズはシャウトトウザトップ
をぱk….似ているとはよく言われるよな
まあ間違いなくインスパイア()はされている
ハングリーハートもサムデイも共通の元ネタはロネッツ等のフィルスペクターサウンドだし
シャウトゥザトップもヤングブラッズも共通の元ネタはこれよ
ps://youtu.be/o0yjUtK2mnE?si=p0A46JwVA8jhLh0h
ヤングブラッズの方はこれにスティーリーダンのマイオールドスクールを混ぜている印象
佐野がそこまで遡ってるとは思えないけど
遡ってりと思うぞ
ナイアガラ一派でもあり無類のオールディーズ好きでもあったからな
元々同じ事務所で同じレコード会社でしょ
違うものだと相乗りにならないからわざと寄せたんだろう
なぜ相乗りか?それは日本のポップリスナーにはまだ洋楽的教育が必要だったから
80年代当時の佐野はそういう方法論だったと思うよ
ある種のトリックスター的
そもそもシティポップならあんなに叫ばないしシャウトしないよねっていう
五反田から流れてきた、寂し気な天使
好きですw
清志郎っぽいかもなw
桑田佳祐が嫉妬してたのそういうセンスだっけか
佐野の音楽はコラージュ的であり切り貼り感を意図的に残していた
だから元ネタを指摘されやすかった
桑田が嫉妬したのはそこではなくシェイムの様にシンプルな単語の羅列で感情とメッセージを伝えたこと
よく比較される桑田はコメディ色強い歌や下品な曲も多かったから
佐野はよりスタイリッシュで都会的な雰囲気に感じたんだよな
そもそもキャラも違うしドリフにも出てたからなw桑田は
ハートのイアリング?
つまらないじゃん
ファンとしては、もっと凄かったと言いたくなるね
そして当時多くのロックミュージシャンが武道館というステイタス会場を目指すというありきたりの流れにも少し苛立っていたようにも思う
本人は武道館なんて場所自体はどうでもよかったはず
本人がそう言ってた?
うろ覚えだがそれっぽいことを言ってたように薄っすら記憶している
日の丸を外せないのか?と言ってたらしいですね
そうか!
議論に敗れて武道館コンセプトは消えたんだ!
それは80年代の時代的なものが求めた反骨だろな
2004年ザ・サンではCDジャケットの中に日の丸デザインと「我住む地を想う」の文が入っていたからな
ウクライナが負けても、自分はウクライナ人だと言い続けるような感じですかね? 違うかな?
全然違うw
(笑) 教えてください。正答は…?
貧乏人志向はお辞めなさい
日の丸は要らない
そんなもんじゃない
全曲パクリなんじゃないか?
この人に限らずナイアガラ一味は全員パクリまみれ
おそらくプロデューサーというかレーベル経由でスプパクしたんじゃね?
スプリングスティーン以外にも色々オマージュ()を捧げてるみたいだが
上の3人で一番ダサいのはヲザキ
2周遅れくらいでモノマネしたのが長渕
ここ15年くらいでスプリングスティーンも完全にクラシックロックカテになってしまったが、ソロツアーやシーガーセッションは意欲的な挑戦だった
その辺りがパkじゃなく極東のフォロワーが決して越えられない壁
コステロの「Blue Chair」を自分のラジオ番組でかけたけど、シングル版じゃなくアルバム版選んだのとか「わかってんな」って感じだった
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1734339524/
『King of America』ではない方のバージョンをかけたんですかね?
87年3月29日と、89年3月5日に、オンエアしてますね。アルバム・バージョンは後者だったかな? 記憶が…
興味深い話ですね~
RG
全部あっちに持っていかれたな、また…
ふう、やれやれだ
RGの指パッチンの佐野のモノマネって、あれはどう聞いても内田裕也のモノマネだよな
佐野ファンは少ないのか
エルビスコステロとは何度か対談してるでしょ
一つはナポレオンフィッシュの1989年頃に雑誌での対談
もう一つはフジのミュージックフェアでの共演というか対バン
銀次も自分の曲を2曲歌ったから得した
今度は誰だよ
あの頃の音楽がエグいパクリばかりだったのはプロデューサーかなんかの働きもあるの?
同じだったよね
結構有名な人でゲーム業界がどうたら
ケンモメンは佐野よりハマショーだよなぁ
このスレ
あんた自身はなんの才能もないな
そこではまた別の話が聞ける…見込みであり、
18日はマスコミの取材は来ないから、
それまではこのスレをキープするべきというか───
人から盗む才能なんて無い方がいいだろ
浜省の良さが未だに判らん
その才能ない人はプロでやっていけないよ
ただパクリとは何かというのも高尚な問題であって
それをいうならアーバンロック
>>50を参照
ハートビートモーターズ~三菱自動車
以前こんなCMがあったがモロ佐野元春だろコレ
それバブルぐらいからだな
たしか1986年からのビール
ちなみに名古屋ハートランドは1984年
佐野元春文体の影響力が日本の社会や文化全体に轟きまくってた時代
ブルーなボーイズ&ガールズだとか
○○○○キッズなんてのは
佐野元春が80年代に定着させたフォーマット
それまでは無かったの
これをみて浮かんだ曲とフレーズは
「マーヴィン・ゲイの悲しげなソウルにリズム合わせてゆけば」
の部分だわ
非常にかっこよ
に聞こえるんだな
ヴァニティファクトリーの「夢に喋るかけてくるバーテンダー」から「ピアノのソロから滑り出した」の流れもなかなか凄まじい乗せ方してる
まさにアーバンロックなんだが、あのサウンドのドラムがリズムボックスだと知ったのはそれからずっと後年だった
夢に喋りかけて包まってんだ
かと思ってた
NHKで花冠をしてピアノの弾き語りがよかった
「びつでもいつもMadLove」も頭がVeが残っていてなかなか
その語感のオシャレ感って、当時のキッズたちにはたまらなかった
例えば
この街の クレイジー プリティフラミンゴ
答えはいつも ミステリー
よくわからんけど、なんかカッコイイってなって
わろたw
これがイワシとかサバとかならイメージが全然違ってくる
イルカとかクジラでも違うリュウグウノツカイでもない
やっぱり、ナポレオンフィッシュなのよ
あれは意図的な引用だろう
ナポレオンフィッシュの和名はメガネモチノウオ
メガネモチノウオと泳ぐ日
早い頃に取り入れたようなセンスが評価されてた気が
は、やめてね
カシミアのマフラーにイタリアンシャツ
仕事も適当に みんなが待ってる店までハリアップ ハリアーップ
の「みんなが待ってる店まで」の日本語の乗せ方も
佐野元春ならでわ感ある、みなまてみせまでハリアハリアー
タイトルもWalk out to winterだしな
元秋とか今夏とか聞いたことないのになぜ元春だけ
不思議な名前だ
本人はNYで出てきたばかりの当時のラップを目の当たりにして
自分の中のディランのサブタレニアンホームシックブルースとドッキングさせたんだよ
だから、もろラップもろヒップホップじゃないというミクスチャー感があって斬新
乗せ方の件ならファーストアルバム一曲目の「パーティーの席上ではシャンペンだってシャンと背骨を伸ばしている」もなかなか凄まじい
同意
最近の佐野さん短髪プラチナブロンドと痩身でやたらカッコいい
あれのMVはフリッパーズ・ギターやフリップ芸人に受け継がれたな
ソングライターの資質としては根本的に違うと思う
どちらがいいわるいじゃなくね
ただ同時代において市場のターゲットが非常に被っていた
だから比較されやすかっただけというのはよく分かる
MVはボブディランのサブタレニアンホームシックブルースの方のMVね
ちょーかっけーと思ってた黒歴史
最近は相撲の関取で若元春っているよな
なんか笑ってしまう
あれ他のものじゃないよな
そうなったのは邦楽しか聴いてこなかったからでしょな
そうそっち
佐野のNY絡みのMVはTONIGHTが80年代ヴァイブスモロ出しでおもろい
片岡義男だろ
B’zとか胸焼けするほどのパクリだが
ボーカルとギターの技量は本物と割り切ったわ
冗談はスローなブキだけにしてくれ
テディ片岡知らんの?
片岡義男は小説家としてブレイクする以前の仕事が重要
悪い曲じゃないんだけど地味過ぎたような気がする
宇宙のやつ
ジェット感あるよね
タフでクールでそしてヒューマンタッチ
(タン、タン、タタ、タタン、ター)の音符に上手く乗せてる
最近は自分で自分をパクってます
ヴァニティファクトリーしか知らなかった
こうやって改めて読んでみると歌詞もクソダセーな
負け犬が心配しないで心配しないでって離れていく曲
シャチはカッコいいよ
>>173
初期は曲先も多かったんじゃないかな
リズムやメロの響きに合わせて言葉を詰めていく作り方
途中カフェボヘミアの前後ぐらいから詞先でメロを組み立てる作り方に変わっていったような感じはある
作詞で韻を踏むということにも初期からかなり意識的だった
ジェネレーションにレボリューションなんてションションで韻を踏むというのも日本のポップスにはあまり無かったからな
ソーヤングなんて見事に体言止めでライムを踏んでる曲だからな
なので直後にNYでラップに注目したのも佐野にとっては必然的だったんだろう
それオマエじゃ~ん
佐野的な符割の楽曲を作家に発注して佐野的な歌唱法でデビューさせるという大型新人プロジェクトだったんだろう
当時ナベプロも団塊のジュリーが30代後半になって一線から引いた頃だったから大成を見込んだ後釜を作る必要があった
>プリティフラミンゴ
これ何なの?と思ってた矢先に1960年代のイギリスのバンドのヒット曲「プリティーフラミンゴ」を知ることになるんだよね
で、ミッドナイトカンガルーの方はどうなの?と思ってたらどうやらこちらは佐野元春による造語なんだよ
つまり、そういうユニークな仕掛けがあった
そしてそれは佐野のDJによるラジオのサウンドストリート月曜とも連動してたりした
で、今日はどうだったんだろな?
作曲NOBODYだよね
長年矢沢のサポートしていた人たちだし、邦楽でのロックンロールを追求していたのに
後発の元春スタイルをなぞるとは
モニカは良い曲だし否定はしないけれどね
浅香唯の傑作セシルも作った人たちだから憎めない
そういうところにディランイズムみたいな影響があるんだろうな
それならまだいい。会場にいってみ、キモいオタクの大合唱で本人の歌ってる声なんかきこえないから。ヒドいライブだよ。
それ浜省さんのライブ?
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